好きだった児童文学 ― 2010年02月19日 14時11分09秒
(7年前、他所に書いた日記から)
小学校低学年の頃に読んだ、特に好きだった本
『ピカピカのぎろちょん』佐野美津男
『ゴンボの教室』 寺村輝夫
『チョコレート戦争』大石真
他にも色々ありましたが、この3冊は特別でした。
私が好きだった物語にだいたい共通するのは「子供達だけで何かの秘密を共有する。または集団で大人社会と戦う話」です。
『ぴかぴかのぎろちょん』
ある日突然、ピロピロ(革命のようなもの)が起こって学校も何もかも停止。
主人公の少女の一人称が『アタイ』とされていて、この斜に構えた雰囲気も好きでした。
『ゴンボの教室』
不思議なポケットライトによって教科書なんかさっさと修了してしまったゴンボのクラスは、学校の時間割を無視して自治を始める。
『チョコレート戦争』
洋菓子屋のショーウィンドウを割った濡衣を着せられた2人の少年は、仲間を集めて洋菓子屋に復讐を計画する。
でも雰囲気は明るくて楽しい話。
雑記(7年前、他所に書いた日記から) ― 2010年02月13日 11時01分12秒
ヘミングウェイ「海流の中の島々」を拾い読み。
主人公の画家トマス・ハドソンは晩年の著者自身で、親友の作家ロジャー・ディヴィスは若い頃の著者がモデルなのでしょう。
月光に邪魔されて眠れぬ夜、ハドソンがロジャーについてあれこれと考える場面には、示唆に富む言葉が沢山含まれています。
画家、小説家、音楽家・・等、「作品を作る者」にとって「技術」が何をもたらしてくれるのか・・・・。
興味のある人は読んでみて下さい。
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昨今蔓延するHowTo本の類いによって知識を得る事は、錠剤の栄養補助食品を飲むのに似ています。
(子供に食事をさせずに栄養補助食品だけを与えて、まともに育つと考える人は、さすがにいないでしょう?)
お手軽に得た「商品としての知識」はせいぜい「使う」事しか出来ません。
これに対し、バランスのとれた普通の食事に相当するのが文学だと思っています。
使う事しかできない「商品としての知識」と違い、文学から得た知識はやがて自身の中で発酵して「知恵」となり、その知恵を生きる事ができるのだ、と・・。
学校の薬品管理は厳重にすべきですな・・ ― 2009年04月20日 18時52分37秒
*他所に書いた古い日記から編集して再録
高校生の頃、天体観測が目当てで地学部に在籍していましたが、天体以外にも固形ロケット燃料を使ってロケットを飛ばしたり、しょうもない事を色々やっていました。
ロケットが上手く上昇せず、あちこちへ飛び込んで破裂するなんてのはしょっちゅう・・。
その程度では驚かなくなっていましたが、先輩が「火山の模型を作る」と言って、薬品を混合し始めた時には、それはもう本当に恐ろしい思いをしました。
xxxとxxxを入れた乳鉢に硫酸をたらしてゴリゴリかきまぜ始めた先輩。
(薬品名、以前は書いてしまいましたが、今回編集時に伏せました(笑))
私は離れた席で他の部員とおしゃべりしていて、棚のガラス扉に先輩の姿が映っていましたが、そのガラスに突然太い火柱が映りました。
3m程離れていたのに背中にかなりの熱を感じたのと、ゴオオオーという凄い音を覚えています。
密閉容器でなかったので上に吹き上げた(確かに火山の模型・・見事な噴火・・)だけだったのが幸いでした。
火災報知器が鳴り響き、真っ黒な煙が充満した中でそれでも気を落ち着かせ、換気の為にやっとの事で窓を開けたその眼下の中庭には・・・期待に色めき立った運動部員達の人だかり(笑)
駆けつけた教頭先生(化学の先生、学校で一番恐い恐い恐い先生)は、臭いや炎のくすぶりから何が起こったかすぐに判ったようで、使った薬品を即座に言い当てました。
私はまだショックで足を震わせながらも『学者ってスゴイなあ!さすがだなあ!』と思ったものです。
学校外に話が漏れるのを恐れた先生達からは「口外しない様に」と強く言われただけで、あまり叱られませんでした。
先輩も頭と手と顔に軽い火傷を負っただけですみました。
(K先輩、僕は今もたまに、あの凄まじい火柱を夢に見る事がありますよ(笑))
飛行機が好きで、防衛大学に進んだK先輩は、まず間違いなくパイロットになっていると思います。
自衛官として戦闘機を操縦しているか、あるいは民間のパイロットか・・、とにかくパイロットでしょう。
過去の日記から ― 2009年04月06日 19時54分15秒
5年近く前、他所に書いた日記からの転載です。
ー 勤勉 ー の項目のリンクは今も生きていますので、時間があれば読みに行ってみて下さい。
私も読み返してみて『ああ、この人はやはり大したもんだなあ・・』と思い直しました。
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*2004年8月1日のDigital日記から編集して転載
同じ世代の多くの人達と同じ様に、私も謹厳実直な両親から「倹約」「恭順」「勤勉」「品行方正」等、ごく普通の教えを受けて育ちました。
ー 倹約 ー
戦前に生まれ、戦中~戦後を経験した世代の場合、「倹約」とは、計画的で無理の無い経済活動、などと言う「通常レベル」ではなく、どんなに余裕があっても決して贅沢をしてはいけない、非常時に備えて全て残しておくべきである、というような途方も無い「非常事態レベル」を教えるケースが多かったように思います。
私の両親の場合、そんな極端な教育方針ではなかったと思いますが、しかし、私は成人してからも長く、そのように極端に考えていましたから、それを養うエッセンスはかなり含まれていただろう(笑)と考えられます。
しかしそのおかげで、金銭に関して極めて潔癖な性格を養う事ができました。
が、反面、貧乏根性の呪縛からはなかなか解放されません。
まあ、浪費癖に苦しむよりずっと良いですから、やはりこの事は感謝すべきでしょう。
ー 恭順 ー
『目上の人が言う事には、たとえ間違っていると思っても、黙って従わなくてはならない』
・・今の若い人には信じられないでしょう?
私も、これに関しては、かなり幼い頃から『嘘だ、間違っている、決して従うものか』と思っていました。
これを口にした母も、言葉通りには考えていなかったはず、と今では思えます。
きっと、私の中の攻撃性の強さに早くから気付いていた母は、なんとかその部分を緩和するべく、力を尽くしてくれたのでしょう。
ー 勤勉 ー
よく働きますよ私は(笑)好きな事ですからね。
ただし、これだけは肝に銘じて。
http://www.1101.com/essay/2004-04-21.html
ー 品行方正 ー
両親の立ち居振る舞いは、常にその場その場で適切でしたし、私もそれなりに普通に教育されたはずと思います。
が、成人してからの私は、上品な(家柄の良いお金持ちの)人達と「心ならずも同席させられた時」など、わざと粗野に振る舞ってしまうという事が、何度かありました。
古い友人知人(私の名から「雅」一字を取って「ミヤビ」と親しく呼んでくれた人達)の中には、こういう時の「イヤな奴」の私を覚えている人も多いでしょうね。
RUSH ― 2008年11月16日 13時41分43秒
生徒さんに少しRUSHの話をしたので、前に書いた日誌から拾ってきたものを再度UPします。
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私にとって今も特別な存在でありつづける、カナダの3人組「RUSH」
彼らに関しては、詞の内容を詳細に読み解き、彼らの創作活動全てを徹底的に味わおうとする人達が、昔から大勢いました。
それだけに、そうしたサイトもいくつか見つけましたが、何度も紹介したこのサイトは素晴らしいです。
『Rush : Weave the Words』
http://www5f.biglobe.ne.jp/~lerxst21/rush/index.html
注)
ファーストアルバム「Rush」(1974)の歌詞は読む必要ありません。
これはニールパートが参加する以前のもので、別のバンドと言っても良いくらいです。
実は、私が本格的に文学を愛するようになった、そのきっかけは RUSH でした。
『この人達は、普通のロックミュージシャンとは、何かが決定的に違う』と感じ始めたのは、作詞を担当するDrのニール・パートが、神話をベースとした大作主義から現実世界に視点を据えた作風へと移行する、その過渡期のアルバム『Permanent Waves』『Moving Pictures』『Signals』の頃でした。
そのサウンドの威圧的な程のインテリジェンスが、やがて私に『何を伝えようとしているのかを、その精神性を、深く理解できるようになりたい』と思わせずにおかなかったのです。
本を沢山読む様になったのはそれからです。
楽曲、歌詞、演奏技術だけでなく、特筆すべき点はまだあります。
ギター、ベース、ドラムスという基本的な楽器のサウンドと、シンセサイザーを駆使したサウンドの融合を、最も高い次元で完成させたのも RUSH でした。
バンドサウンド内に於けるシンセサイザーの究極の使い方は、彼らがアルバム『Power Windows』と『Hold Your Fire』で完成させ、それは現在においても頂点でありつづけている、というのが私の見解です。
またライブに於いて、特にゲディ・リーは、ヴォーカル、ベース、キーボードシンセ(足鍵盤のシンセベースを鳴らしながら)を一人でこなすだけでなく、演奏中のシーケンスコントロールまで行うという技を用いて、たった3人でありながら、スタジオ録音アルバムの豪華な楽曲アレンジを完璧に再現していました。
演奏中のシーケンスコントロールというのは、今時のインチキ演奏のように殆どを自動演奏に任せてしまうのではなく、アレンジの一部であるシーケンスフレーズの開始・停止を演奏しながら(!)制御するという妙技です。
私が、自動演奏に頼らず、演奏中のリアルタイム制御だけで複数パートを鳴らす工夫を始めたのは、彼らの影響からでした。
ただの楽器演奏巧者、優れた作曲家、というのとは、また違った意味で驚異的な人達がいたのです。
二度と読み返さなかった本 ― 2008年11月07日 12時47分09秒
*他所に書いた古い日記から編集して再録
読みにくかったり、良さが解らなかったり(解りたいと思えなかったり)で二度と読み返さなかった本も沢山あります。
ダニエル・デフォー『ペスト』
サキ『サキ短編集』
アランシリトー『長距離走者の孤独』
ドーデ『水車小屋便り』
その他色々・・
文学に限らずですが、作品に対する印象は人により様々ですね。
私がヘミングウェイを好きになったきっかけは、20代の頃に読んだ片岡義男のエッセイにあった記述でした。
片岡氏のエッセイは沢山あるのでどの本だったか忘れましたが、ヘミングウェイの『フランシス・マコーマーの短い幸福な生涯』について、片岡氏は「こんな辛い話は読みたくないと、冒頭から感じた」という意味の事を書いています。
それを読んだ私は、その作品を俄然読みたくなって(笑)すぐにヘミングウェイ短編集を買いに行きました。
予備知識のせいもあったとは思いますが、私には「波乱を予感させるゾクゾクするような導入部」に感じられ、面白く読み進んだのを覚えています。
(でも、読後感は・・嫌な感じでした)
デフォーの『ペスト』は、カミュの『ペスト』とはタイトルが同じなだけで何の関係もないのですが、カミュに夢中だった頃にペストつながりで何となく手に取ってみました。
前置きばかり長い、とても読みにくい作品としか記憶していません。
導入部の巧みさと言えば・・・私が選ぶNo1作家は、井上靖です。
最初のページの数行で、心を他へ向けられなくなる程に読者を惹き付ける、そのテクニックは殆ど魔術のよう・・。
『天平の甍』などの硬派な歴史小説でさえ、いや、そういう作品でこそ魔術が冴えていました。
泡盛 ― 2008年02月27日 23時00分00秒
最近では京都でも、泡盛の色々な銘柄が簡単に買えるようになりました。
昔から有名で何処ででも手に入った「久米泉」「菊乃露」だけでなく、「どなん」「舞富名」等、与那国島産のちょっと高級な銘柄や、「於茂登」「八重泉」等、石垣島産の庶民的な泡盛まで、以前は考えられなかった事ですが、今ではJR山科駅周辺の酒屋さんでも置いてあります。
欲を言えば石垣島の「請福」も置いてほしいのですが、庶民的すぎるからか、なぜかこれはあまり置いてありません。
数年前、石垣島に旅行したとき、ホテルのすぐ近くに請福酒造があったので、試飲コーナー目当てに朝から見学に行って飲んでました(笑)
泡盛が一般的になったのは嬉しい事ですが、沖縄へ行かなければ味わえなかった頃の方が、旅先での感慨が深くて良かったようにも思います。
美味しいを訪ねる スペシャル「泡盛シリーズ」
http://www.churashima.net/gourmet/awamori/index.html
「泡盛コラム」
http://www.churashima.net/special_page/awamori/index.html
アナレンマ写真 ― 2008年02月21日 23時00分00秒
一年間、同じ時間に同じ位置から太陽を撮影、記録し続けていくと現れる、美しい8の字の軌跡。
http://cosmos21.exblog.jp/527607/
http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/news/text/a030108.html
http://the-cosmos.org/2005/01/2005-01-23.html
自然界の法則は、目に見える形となって現れた場合、時にこのような美しい姿を見せてくれます。
20年程前、「カオス理論」「フラクタル」「複雑系」という言葉が一般の間にも知られるようになった頃、マンデルブロ集合やジュリア集合の美しい写真を収めた書籍が多数出版され、私もその神秘的な美しさに惹かれて読んだものです。
アナレンマの写真を見て、同じような感動を覚えました。
宇宙がうっかり秘密を覗かせてくれた瞬間に、偶然居合わせた、とでも言うか、そんな感動・・。
Last Temptation Of Christ ― 2008年02月16日 23時00分00秒
今まで見た映画のベスト3に絶対入れたい作品。
『Last Temptation Of Christ』1988/米 マーティン・スコセッシ監督
Peter Gabriel が音楽を担当しているので、それだけが目当てで見たのですが、素晴らしかったです。
主役のウィレム・デフォーも良いですが、ハーヴェイ・カイテルのユダがまた良い・・。
ラストシーンで流れる曲は、今サントラで聴いても、感動がよみがえって鳥肌が立ちます。
Peter Gabriel『Passion』
は、この映画のサントラとして発売されていますが、Gabrielの独立した1枚のアルバムとして素晴らしい作品です。
Peter Gabriel はこのアルバムから、アフリカ~西アジアの民族楽器を大幅に取り入れるようになりました。
使われている楽器の殆どは生楽器ですが、私の音色プログラミングに対する考え方、ミックスの方針に強烈な影響を与えてくれました。
Don't mind のおまじない ― 2008年01月24日 23時00分00秒
「ハンバーガーヒル」という、ベトナム戦争を扱った映画がありました。
望んで来たわけではない戦争の現場で、自分が生きのびる為にも戦わざるを得なかった現実を、米軍兵士達の側から描いた映画です。
この中に、私に強烈な印象を残しているシーンがあります。
自分の責任による(と本人は思っている)作戦の失敗で、部下を死なせてしまった下士官が、精神的パニックを起こしている場面。
それをケアしようとする2人の同僚が交互に「Don't mind!」と繰り返しながら、その下士官の手を拳で何度も叩きます。
始めは力なく「Don't mind・・」と相槌を打つだけの下士官が、次第にしっかり頭を上げて、「ああそうだ・・大丈夫、大丈夫・・」と、無理矢理元気になる・・・ではなくて「戦闘続行可能」になる、というシーン。
このおまじないが・・・実は私にとっても非常に役に立ったのです。
現代では、精神的な不調は別に珍しい事ではなく、対処法などいくらでも情報が手に入りますが、二十数年前はそうではありませんでした。
突然、何の脈絡もなく強烈な不安に襲われ、ひどい場合は失心する場合もある、この症状をパニックディスオーダー(不安神経症)と呼ぶ事など知らなかった私は、毎日を深い谷に渡した綱を渡る様な気持ちで生きていました。
医者にかかろうかと迷った時もありましたが、私は何でも薬でどうこうしようとする西洋医学の考え方を、どうしても受け入れる事ができません。
それで結局、自力で不安発作をねじふせる決意をしました。
それはもう、ありとあらゆる事をやりました。
いちいち書いていたら大変なので省きますが、その中でも「Don't mind !」のおまじないは、緊急時の対処法の一つとしてかなり有効です。
『ヤバい・・来る・・』と思ったら、頭の中のもう一人の自分と拳を叩き合って「大丈夫だ!」「ああ大丈夫」「大丈夫に決まってるだろう?」「ああ、大丈夫だな」「大丈夫だって!」「ああ、そうとも大丈夫」・・これを何分でも延々と繰り返しました。
あれは自己暗示というやつでしょう。
谷底に落ちかけている自分を無理矢理引きずり上げる緊急処置です。
けっこう長い戦いでしたが、あやしげな宗教や迷信に迷い込む事も無く、無事勝利を収めました。
今はもう元気なモンです。(ご存じの通り)