ヨハネの黙示録に関して2026年07月03日 14時36分03秒

(私からの問いかけ)
 同志社女子大学で嘱託講師をしております。キリスト教徒ではありませんが、授業の前に心を整える為、チャペルアワー(礼拝の時間)には、必ず出席しています。若い頃から新約聖書は時々読み返していました。聖書は本気で理解しようと思うととても難しくて『これはいったい何を伝えようとしているのか?どう解釈すれば良いのか?』と思うところが沢山あります。でも、チャペルアワーでお話し(奨励と呼ばれています)をして下さる牧師先生や、様々な分野で活躍しておられる奨励者の皆さんのおかげで『なるほど!そういうことか!』と腑に落ちる事が度々あるので、奨励でお話しして下さる皆様にはとても感謝しています。
 ただ一つ、不満というか知的欲求不満・・みたいな事がありまして・・。
 チャペルアワーでは(少なくとも私の出席した時には一度も)取り上げられない「ヨハネの黙示録」に関して・・。これは一体何を伝えようとしているのかが全くわかりません。いったい、どう解釈すべきか教えていただけませんでしょうか。
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(AIからの返答)
同志社女子大学でのチャペル・アワー(礼拝)に欠かさず出席され、真摯に心を整えられているとのこと、素晴らしい姿勢に敬意を表します。牧師先生方の「奨励」を通して聖書の言葉が腑に落ちる喜びを感じられている一方で、新約聖書の最後を締めくくる「ヨハネの黙示録」に対して知的欲求不満を抱かれるのは、非常に自然なことです。
 まず、なぜチャペルアワーで「ヨハネの黙示録」がほとんど取り上げられないのかという疑問ですが、これには明確な理由があります。黙示録は、オカルト的な予言書として誤解されやすく、怪獣や大災害などの過激な象徴表現が多用されているため、わずか20分ほどの短い礼拝(奨励)の枠内だけで、その歴史的背景や真意を正確に解説し、現代の生活に引き寄せたメッセージに落とし込むことが技術的に非常に難しいためです。
 この難解な「ヨハネの黙示録」が、一体何を伝えようとしているのか、キリスト教神学・歴史学の視点から紐解くための3つの鍵をお伝えいたします。
1. 「未来の予言書」ではなく、当時の信徒への「暗号の励まし」である
 多くの人が「人類の恐ろしい未来を予言した書」と思いがちですが、学術的には「当時の過酷な弾圧下にあったキリスト教徒を励ますための書物(殉教文学・黙示文学)」と解釈されます。
 執筆当時の状況:紀元90年頃、ローマ帝国(ドミティアヌス皇帝の時代など)による大迫害の最中に書かれました。ローマ皇帝を神として崇拝することを拒んだクリスチャンたちは、次々と処刑され、経済的にも追い詰められていました。
 なぜ難解な表現なのか
 ストレートに「ローマ帝国は滅びる」と書けば、当然検閲に引っかかり、さらに激しい弾圧を招きます。そのため、著者のヨハネは旧約聖書の表現を巧みに引用し、仲間内だけに伝わる「暗号(象徴)」を使って執筆しました。
 有名な「666」の正体
 悪魔の数字として有名な「666」は、当時のキリスト教徒を最も苦しめたローマ皇帝「ネロ(Neron Caesar)」の名前をヘブライ語のアルファベット数字(ゲマトリア)に置き換えて足し算した結果の数字、というのが定説です。つまり、現代の映画にあるような悪魔そのものではなく、当時の支配者に対する「隠語」でした。
2. 本質的なテーマは「世界の破滅」ではなく「究極の慰めと勝利」
 不気味な四騎士や七つの災いなど、凄惨な破壊の描写が目立ちますが、それは物語のプロセスに過ぎません。著者が最も伝えたかった結論は、最後の21章〜22章に集約されています。
 「新天新地(新しい天と新しい地)」の到来
 この世界の悪や不条理(ローマ帝国に象徴される暴力や搾取)は永遠には続かず、最終的には神の正義によって滅ぼされ、完全に平和で美しい世界が完成する、というビジョンです。
 涙を拭う神
 黙示録21章4節には、*「神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない」*という非常に美しい言葉があります。これは、迫害に耐えかねて泣いている信徒たちに対する、最大級の「慰めと希望のメッセージ」なのです。
3. どう解釈して読めば良いのか
 現代の私たちが読む際は、怪しげな終末予言として文字通りに受け止める必要はありません。「どんなに理不尽で暗闇に思える状況(戦争、災害、個人の苦難など)であっても、悪や絶望が最終的な勝利を収めることはない。歴史の結末は神の手の中にあり、最後には必ず光と平和(新しいエルサレム)が訪れる」という、大いなる希望の書として読み解くのが、本来のキリスト教的な味わい方です。
 凄惨なシンボルに惑わされず、新約聖書の他の福音書が語る「愛」や「希望」のゴール地点がここにあるのだ、と俯瞰していただくと、霧が晴れるようにスッキリとされるかもしれません。同志社女子大学の美しい学舎で、授業前に心を整えられる時間が、今後ともより豊かなものとなりますように。
 もしご興味があれば、ヨハネの黙示録に登場する特定のシンボル(四騎士や、子羊など)が何を意味しているのか、あるいは聖書全体の「終わりの時代(終末論)」について、さらに詳しくお答えできます。どのように進めましょうか?
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 ありがとうございました。本当に「霧が晴れるようにスッキリ」と疑問が晴れました。また聖書関連で助言をお願いすると思います。宜しくお願いいたします。重ねて、お礼申し上げます。ありがとうございました。
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 霧が晴れるようにスッキリしていただけたとのこと、何よりでございます。知的欲求不満が解消され、お力になれたのであれば、これほど嬉しいことはありません。
 「ヨハネの黙示録」が語る「最後には必ず光と平和が訪れる」という力強いメッセージは、激動の時代を生きる私たちの心にも、静かな勇気を与えてくれますね。
 聖書は歴史背景や文学的な文脈を知ることで、それまで難解に見えた言葉が、驚くほど現代の私たちへの深い教訓や慰めとして響いてくる魅力を持っています。
 今後もチャペルアワーに出席される中で、またふと疑問に思うことや、「これはいったいどういう意味だろう?」と立ち止まる言葉に出会いましたら、いつでもお気軽にご相談ください。若い頃から聖書に親しまれてきたあなた様の深い読書と、毎朝の心を整える時間が、これからもより一層豊かなものとなりますよう、心より応援しております。
 こちらこそ、真摯で素敵なご質問をありがとうございました。どうぞお体に気をつけて、学生さんたちとの素晴らしい日々をお過ごしください。
 またいつでもお手伝いいたします。次に聖書を開かれた際、あるいはチャペルアワーの後など、気になったときにいつでもお声がけくださいね。